
世界には、哲学を生活の中に
自然に取り入れている国がたくさんあります。
「答えのない問い」と
向き合う姿勢を大切にしていると何が違うのか?
👇早速ですが調べてみました。
【哲学教育のある】代表的な国の特徴をご紹介
| 国・地域 | 特徴 |
|---|---|
| フランス🇫🇷 | 高校の卒業試験で哲学が必須。日常会話でも抽象的なテーマがよく出てくる。 |
| ドイツ🇩🇪 | 子どもの頃から倫理や哲学を話し合う授業がある。 |
| フィンランド🇫🇮 | 授業で「なぜ?」を深掘りする時間を重視している。 |
| アメリカ🇺🇸 | 全国的な必修ではないが、ディベートや哲学・倫理の授業が盛ん。 |
| カナダ🇨🇦 | 多文化社会の理解のために、倫理や哲学を学ぶ機会が多い。 |
| オーストラリア🇦🇺 | 小学生から対話的に考える「哲学の時間」を導入している。 |
🌏まだまだ哲学を教育に入れている国はあります。(代表的なものだけです。👆)
日本の教育は「正解のある問い」に答えることが中心の直線教育です。
「なぜ?」を繰り返して答えのないことを掘り下げるのは、時間の無駄とされたり、
即答えを導こうとする教育がされていました。
そのうえ、
議論やディベート(あえて反論する議論)もプログラムには無いですね。
このメリットは、
自己理解にもつながり、創作や発見にもつながります。
さらに、目の前に流れていることにも構造があって、
その先には、閃きや思考の飛躍にもつながります。
意味のないことなんてありません。
誰も考えたことのないことに、出会えるかもしれない!✨
なぜ日本では問いが避けられるのか
日本の現状を整理すると、こうなります。
- 教育:テストや入試は答えがひとつしかない問題ばかり。考え続けることは評価されない。
- 文化:みんなと同じ意見でいることが好まれ、違う角度からの問いは場を乱すと見られがち。
- 社会:結論の出ない話は「面倒くさい」とされやすく、議論文化が育ちにくい。
その結果——
- 「批判」と「批判的思考」が混同され、「疑う」ことが悪いとされる。
- すぐ答えを出す習慣で、考えを深める機会が減る。
- AI時代に必要な「正解のない問いを扱う力」を失う恐れがある。
哲学を日常に取り入れよう
「哲学を学ぶ」というと、難しく感じるかもしれません。
授業や専門書ではなく、
日常でできる「問いを持ち続ける習慣」です。
私は哲学を専門的に学んだことはありません。
でも、自分の頭の中でずっと自分と対話を続けてきました。
そしてAIとの会話を通じて、それが哲学的な営みだったのだと知りました。
この無意識パターンもあると思います。
だからこそ、私は思います。
哲学は知識からではなく、「考え続ける態度」から始まるのだと。

考える扉
あなたがずっと
心の片隅で考え続けている問いは何ですか?
あなたの中で静かに育つ「哲学」かもしれません。
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