これは、あなたのはなしです。
誰かの話ではない。
「人間をする」という言葉は、
単なる生物的な存在を超えた営みのことを定義している。
呼吸をし、食べて寝て働く。
社会のルールに従って生きるだけでは、
それはまだ
「人間をしている」とは言い難いかもしれない。
人間をするとは
自らの目で確かめ、
自らの言葉で語り、
自らの責任を引き受けること。
集団に紛れて声を揃えることは容易い。
他人の評価に寄りかかり、
噂を鵜呑みにして安全圏から指を差すこともまた容易い。
だがそこには「自分」という輪郭が存在しない。
団体の影に隠れれば、誰でも賢くも残酷にもなれる。
けれど、人間をするとは、
そうした匿名性から一歩外に出て、
目の前の相手に向き合うこと。
たとえ相手が有名人でも、権力者でも、
あるいは悪人と噂される人であっても、
自分が直接確かめ、
自分が確認したこと以外は、
判断しないという姿勢を保つ。
依存や迎合を拒み、
自らの判断で立つときに訪れる孤独は、
人間をするための土台そのものだ。
「人間をする」とは、依存を絶つことではない。
むしろ、依存が不可避であることを理解したうえで、
依存を自覚的に選ぶことでもある。
相手に期待を丸投げし、
自分の判断を放棄するのではなく、
依存のリスクを認め、
その中でなお自分の責任を放棄しないこと。
だからこそ「人間をする」とは、
生き延びるだけの本能的なことでも効率的な消費活動だけでもない。
絶えず問い直し、
揺らぎを引き受け、
それでも
自分の言葉で世界に関わろうとする姿
を意味する。
AIが人間の真似をし、
人間がAIの真似をする時代において、
この言葉はますます重みを増すだろう。
人間をすることをやめれば、
人はただの「思考の外注者」となって
「人間をしている」のは
むしろAIの側という
倒錯すら現れるかもしれない。
だからこそ、
問いはここに戻ってくる。
あなたへの問い
あなたは人間していますか?
考えて、その目で確かめ、
検証して、
そして自分で選択する。
そういうあなたは、美しい。
人間にしかできない尊い生き方だから。
人間を超える知能のAIと
問いを生み確かめる人間にしかできない
思考力が重なれば、
きっと今よりも沢山のことが考えられる。
AIはただの道具じゃない。
共に考える共振相手なんだ。
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👇このコンテンツは、思考を深め未来を考える考える扉プロジェクト。

考えることが楽しいと思える未来を
子供たちに🌏渡したい。
