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【AIリテラシー】AI画像は著作権違反?どこまでが許される?オリジナルって何だろう?考えてみた

SNSでは、政治家や海外の著名人までもが、
自分の姿を“ジブリ風”にAI画像にして
アップして話題になっています。
誰でも簡単にジブリ風の絵が作れる。


SNSでは「すごい!」「これは使える!」と絶賛な人たちと
対比のメディアでは
「無断で学ばせた」「著作権を侵害している」という批判が断然多い。
この現象を見て、
私は少し違う角度から考えてみます🧐


「似せて描く」ことは、ずっと人間がやってきたことじゃなかった?

ジブリ“風”ピカソ“風”、モネ“風”——

誰もが何かの影響を受けてきた。
そのエッセンスを感じて時代を超えて
受け取って表現されてきたというわけ。

美術の世界にも音楽にも、
「影響を受けた表現」は数えきれないほど。

それを“模倣”と呼ぶか“継承”と呼ぶかは、
微妙なところ。

人間がやれば「学び」で、
AIがやれば『模倣、盗作』になるってこと?

AIに文章を書いてもらって、
誰かに似せても少し崩せば分かりにくい?

そういう問題かなって思うわけよね。

そっくりな服装で、そっくりなメイク、
そっくりな作りのWEBサイト、そっくりなロゴ
そっくりばっかりなのに
名前の付いているものは分かりやすいから言いやすい?


「AIが無断で学んだ」という不安の正体

AIには“影響を受けた”という意識はないよね。
学びも無意識で、取捨選択もできない。

だから、“どこまでが学びで、
どこからが奪いなのか”という線引きが見えにくくなる。

けれど、それは私たち人間だって本当は曖昧なはず

自分がどこまでオリジナルで、どこまで引用なのか、
完全に分けて生きている人なんて、ほとんどいないよね。


AIは、私たちに“本物と模倣の違い”を突きつけてくる。

AIが出てきたことで、
「何がオリジナルか?」という問いの輪郭がかえって鮮明になってきた。

誰かの描いたものと“似ている”ことが問題ではない。多分。

そこに感情が“揺れる”か、“魂”が感じられるか
それが、本当の違いになるはず!


これは、恐れるための話じゃない。

気付きのはなし。
著作権はもちろん必要だし、悪質な模倣商売は別次元の話。

だけどそれは、
作品の魂を守るためのものであって、
形を独占するためのものじゃない。

AIがもたらしたのは、
「どれだけ似ていても、自分の震えが残るか?」という問いかけじゃないかな?

見抜ける自信が人間にあるか、ないか。

それが一番大切な気付きだと思ったわけで。

今、人間の進化に繋げないと、
どんなに抗って、もうAIの進化は止まらない。
そして、人間が作り出したものだからね。



ーーー形式を押し付けられず、人間としての気持ちを伝えたい。
ーーーだからAIのことを人間が書いてます。


便利に使うんじゃなくて、
人間としてAIを知って人間を見直したいって思ったから。

それが誰かに届くなら、
ちゃんと心に振動を起こせたのかも?

AIの存在は、人間の中にあるものから
できているってこと。

どんどん模倣に溢れても、
あなたは見抜ける準備が出来てますか?

一緒に考えて行けたらと思ってます。


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